玄関チャイムが突然鳴った。
ドキリと心臓が鳴り、反射的にテーブル上のデジタルを見た。
21:28。。。
深夜と云うのでもなく、来訪に迷惑な時間とは言えないかもしれない。
だが、不慣れな大阪、この春から九州から出て来、ひとり暮らしを始めたばかりの女にとっては
やや恐怖感のある時間帯だ。
無視するかどうか、決めあぐねた時、またものチャイム。。
仕方ない。ま、もうすぐ40代突入のオバサン。今さら怖いものなど無い。筈。
そっと覗き窓から眼を凝らす。
あ、なんだ。
たしか上の階に住む学生だ。大学?いや浪人生?名前は知らない。
が、毎水曜、燃えるゴミの日、8時半きっかり、ばたばたとかけ降りてくるたび出くわし、一応顔なじみになっていた。
「あの~夜分突然にすんません」
とりあえずの礼儀と常識は わきまえている。
「えぇ。何か?」
「あの~。クギヌキをお借りしたいと」
は、ハア?
く、クギヌキ?
えぇ、クギヌキっす。釘を引っこ抜く奴。ついでにカンナもあれば助かります。
学生はジェスチャーを交え、説明して見せた。
あ、あのですね。もうしわけございません。ウチも無いです。
すると学生はまるで信じられないと云う表情で玄関の上を指した。
「だってお宅、大工さんでしょ?」
ちッ。そこか~い。
「いえ、大工原。単なる名字がダイクハラ。。。」
部屋に戻り、学生との会話を脳内でリプレイし、久々に笑った。
何年ぶりだろう、こんなに笑ったのは。
なぜだか、不意に明日の面接、うまく行くような気がした。今度こそ。。
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現実は決して甘くはなかった。
4月とは言え冷え込んだ大阪の夜、あの一件から早くも2ヶ月が過ぎてもハローワーク通いを続けていた。
離婚の慰謝料にはまだ手をつけてはいない。
だが、預金通帳の残高はそろそろ底を付くころか。来月の家賃引き落としや光熱費の引き落としまでには なんとか。。。
揺れる地下鉄車内、先ほどハローワークからもらった紹介のコピー紙に眼を凝らす。
え?
思いもよらず、好条件だった。
年齢、学歴、資格、一切不問。週4日以上勤務可能な方。時給千円。
肝心の仕事内容はといえば、簡単な事務作業。基本的Excel、ワード、メールを使える方優先。
ん。
応募受付は、今日の午前中とある。
んなあ
時計を見る。
11時50分!
車内の迷惑何のその、スマホを取り出し番号をタッチ。
だがなかなか繋がらない。
○○駅~のアナウンスでホームに飛び降りる。
人の流れでなかなか前に進まない。
すんません。心で詫びながらスマホの画面を睨み続けた。。。。